『月蝕姫のキス』

『月蝕姫のキス』というタイトルと
装幀に一目惚れして買った本です。
著者の芦辺拓という方も寡聞にして知りませんでした。
表紙裏に本格的ミステリーと銘打ってありますが、
”ミステリーテイストのビルドゥングスロマン”
といった感じかな。
一人の少年探偵が生まれるまでの経緯を描いたお話です。

作中の言を借りるなら、
モリアーティ教授の如き知略を持った、
黒蜥蜴のような犯罪者の少女に惹かれてしまった
エラリー・クイーンのような性格をした少年は
如何にして明智小五郎の如き探偵となったか
といったところでしょうか。

偉そうに書いてますが、
西尾維新氏の作品を読むまで
ミステリーアレルギーだった僕は、
当然、ホームズもクイーンも乱歩も
ほとんど読んだ事がありません。
それらを読んでいたら、この『月蝕姫のキス』を
もっともっと楽しめていたんじゃないかと思います。
こういうのはちょっと悔しいですね。

でも、それを差し引いてもこのお話は面白かった。
ほのかに恋心を抱き始めたクラスメイトの少女が、
もしかしたら殺人犯かもしれない。
解き明かしても、誰も救われないとわかっていても
その謎を解かずにはいられない主人公の葛藤は、
読んでいて胸が締め付けられる想いでした。

物語の前半と後半で、
違う人が書いてるんじゃないかと思うくらい
作風が変わっていること（狙ってやってるのかな？）、
クライマックスシーンがあまりに荒唐無稽で
唐突にリアリティが無くなっているように感じてしまうこと、
登場人物がとても高校生とは思えないくらい
じじむさい口調なこと、
気になった点は幾つかありますが、
主人公の心情描写の秀逸さがそれらを打ち消しています。

なにより、
いかにも続編がありそうな終わり方をしておいて、
”この本の終幕のあとに続くであろう”物語は、
”読者それぞれに夢想して”くれという著者の策略に
完全に嵌められてしまいました。

これを機会に、乱歩とかも読んでみようかなぁ。

『僕は彼女を追い続ける。
　彼女が投げかける謎をことごとく解いてみせ、
　ついにはこの手に彼女を捕まえてみせよう。
　だって、ぼくはーー
　これまで書かれた幾多の物語、
　わけても彼女が示した戯曲に自らをなぞらえるならーー
　月蝕姫という名の女賊を追う
　＜探偵＞なのだから。』

月蝕姫のキス (ミステリーYA!)

このお話を読んでいる最中、頭の中に流れてきた曲がありました。

『月の赤ん坊』中島みゆき

歌詞の雰囲気がこのお話の主人公のイメージに合ってるかなぁと
なんとなく思っています。